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自分のことは自分で決めたい
(2002年1月1日)

新しい年が明けました。余りにも悲しい出来事の多かった2001年が終わり、2002年のページが開きました。

 心ふさぐ思いで終わろうとしていた2001年ですが、最後にうれしいことがありました。年の瀬に行われた市議会議員の補欠選挙で、若い世代の代表を是非市議会にと、みんなで後押しした新部裕介さんが、見事当選を果たしたことです。

 初めての立候補ながら、15,000票、次点の方を3,000票も離しての当選は、若い世代に対する期待の大きさを物語っています。

 しかしながら、27%を切った投票率の低さは、新部さんの立候補によって、若者世代が少しでも市政に関心をもってくれれば、という思いが、あてはずれだったと言えるかも知れません。市長選挙と市議補選が同時に行われたにもかかわらず、有権者の三人に一人しか投票に行かないという事実には、いささか力が抜ける思いです。

 と同時に、市の財政の問題にしても、次第に表面化してきた市町村合併の問題にしても、私たち市民の生活に重大な影響を与える大きな問題の分岐点であるはずの市長選挙が、このような結果になってしまったのは、私をはじめ、市政に関わる者として、情報の発信の仕方がまだまだ不十分であることを深く反省せざるを得ません。

 それでも小さな声でつぶやきたいのは、「あなたは、自分の生き方を左右する問題が自分と関係のないところで、どんどん決められても平気ですか?」という問いかけです。

 私は、自分に関わりのあることを、自分と関係のないところで決められるのはごめんです。

 以前にも書きましたが、私が自分たちの思いをつなぐことのできる政治家を選ばなければ、大変なことになる、という思いを強くしたのは、沖縄・読谷村の知花昌一さんが、「自分の土地をアメリカ軍に使ってほしくない」という思いで、国会の「軍用地特別措置法」の審議を傍聴したおり、反対を叫んで衛視に抱え込まれ、議場外に連れ出されるのを見たときでした。

 このままでは、どんどん個人の思いの届かない国になってしまう、という思いが、私を「市民の絆」の参加に走らせました。その延長で、女性議員を増やしたい、市民派の議員を増やしたい、という運動を続けてきました。

 前回の市議選に立候補することになったのも、先輩である梅崎さんが亡くなられたあと、自分の思いを託せる議員がいないことに気がついたからです。またそう思ったたくさんの仲間が、選挙中も、選挙後の活動も支えてくれました。

 思想や信条は、人それぞれ、さまざまでしょう。しかし、平和を願ったり、どんな人でも人権が守られる社会でありたいと願ったりする思いは、共通するはずです。その共通の思いを土台にして、実現するために何が必要か一緒に考えていきたい、それは市政であっても、国政であっても、国際関係であっても、規模はちがっても同じはず、新年にあたって、改めてそう思っています。

 動くことで風が吹き、小さな芽が育っていく年でありますよう、皆さんと一緒に、今年も元気に活動します。

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